最近人に対して「可愛いな〜」って思うことが多い気がする

可愛いな〜、とは


最近少し不思議な感覚に陥っていることにふと気付いた気がする。
  


これは長期的、根本的な個人の性質とはまた別かもしれない。 

数ヶ月前、数ヶ月後、には全然変わっているものかもしれないなとは思うんだけど。
  


その不思議な感覚とはどういったものかというと、
  

「なんかみんな可愛い」
  

のである。
  


意味わかんないだろうけどなんかみんな可愛く見える。 

みんなって言ってもある程度関わりのある人がそう見える人が多い。
 


これは男女とか容姿の話ではなくて、有名なベンチャーの社長とかお金持ちの実業家の人からその辺の若い学生とかまでいろいろな人に対して感じるもの。   


可愛いってめっちゃ感覚的なんだけどもうちょっと言い方を変えるとたぶん

「愛おしい」

とか

「愛着が湧く」

とか

「親近感がある」

とかそういう感じなんじゃないかと。
  



後輩とかがすごく若い感情的なこと言っててもあぁ今成長してるとこだな、俺も昔それ考えたー、とか思って可愛い。

何か頑張ってたらそりゃあミスろうが頑張ってること自体嬉しくて可愛い。

ついついお節介で面倒見たくなるような。

まぁこれは割と昔からかもしれないけど。



どちらかと言えば最近特徴的なのは、ある程度立場のある人に対しての感覚。

一緒に仕事してる人でかなりお金も持ってて仕事もバリバリでむしろ超威圧感ある感じの人とかいるんだけどその人が〇〇をやりたい、とかそういうことを言ってるのを見るとなんか可愛いな、と思う。

あ、今この人楽しんでる、とか。

この人もめちゃ頑張って苦労してきて今余裕そうに見えるけど不安もあるんだろうな、とかもなんか可愛い。

なんならもしかしたらドナルドトランプとかも会ってちょっと仲良くなったら可愛く見えてくるんじゃ無いかな。


単純に人が好きだっていうところが一番重要なんじゃなくて、身構えずに余裕を持って人に接することが出来ている?ようなところがポイントなんだと思う。


人間関係においてイライラしたりとか緊張したりとか身構えたりすることが少なくなってきてる気がする。

全く無いわけでは無いけど昔より減った。



他人の認識と自分精神的な変化

もうちょっと自己分析をゆっくりしてみないと掴めないことが何か自分の中で起きているんじゃ無いだろうか。
  


それは今すぐ改めた方が良いことかもしれないし次のステージに上がったのかもしれない。
 
 


なぜそんな風に感じるようになったのか。


一つの理由としては人に対する認識。

最近分かってきたことはどんなやつでも一人の人だということ。

そんなことは分かってることだけど最近はよりリアルに感じれる。

だからトランプ氏だって可愛いんじゃ無いだろうか。

どれだけすごい人でも悩むこともあるし楽しいこともあるし本当に尊敬する部分もクソみたいな部分もあるってことをひとつながりで考えられる。

自分と他人を点ではなく線で捉えるような感覚かもしれない。

繋がっている感覚があるから可愛いと感じるのかも。


もう一つは自分の精神。

認めてもらえる機会が増えて傲慢になって変な余裕が出ているのかもしれないし、精神的成熟により器が広くなったのかもしれないし、その両方かもしれない。

そしてその両方はただ表裏一体なだけのものかもしれない。


自分のやっていることや自分の存在を認められる機会が最近は多い気がする。

だからあまり他人から嫌われたりするのが怖いとか、戦って自分の方が上だってことを証明してやる、とかそういう感情が減ってきたような。

最悪嫌われたとしてもちょっと参考にするか違う生き方だっただけか、ある程度整理がつくようになってきた。そんなに心配することは無い。

あまり身構える必要が無い。

実際それとは別にもちろん絶対みんな超えてやる、っていう想いもあるけど自分の感覚は0か100かでは無いから。

昔よりかは反骨精神では無く"楽しく"やってる。



愛情をあたえてくれる人たちが周りにたくさんいるからだろうか。それに気づくようになったからだろうか。



心のどこかに安心感が生まれていて、

今の自分が幸せだという前提の元に生きている。

これらは自分に思い込ませようとしていることではなくて自分自身の潜在意識の予測。


その余裕によって人の悪いところとかをあまり気にしなくなって、そんな個性も含めて愛着が湧くような気がする。


大きくはこの二つの理由なんじゃ無いかなと予想。

人のすごい部分に対して萎縮しない、人の自分とは違う部分へ納得する、これによって人が「可愛く」見える。


どうにか他人の粗探しして自分を自己肯定しようとしていた部分が減ってきた結果、他人を貶すことじゃなく肯定することが楽になってる。


昔はもっと尖ってたと思う。

明らかに昔の自分が今の自分を見たら丸くなったな、って思うだろう。


昔の自分は今の自分を見てがっかりするんだろうか。


しかし、今の自分はやっぱりこの変化を肯定的に捉えようと思う。

なぜなら自分は時とともに常に進化しているという前提を信じたいからである。


昨日より今日、1年前よりも今、そして未来は常に自分が成長しているべきだと思うから。


そしてこの「みんな可愛い」と思う感覚がまた変化してしまった時、そんな時がきた時はまたそれも進化の流れの中にあると信じたい。


今、この時点での自分の感覚をブログに残してみよう。

 



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