BIOGRAPHY

1989年9月3日 徳島県鳴門市大麻町生まれ

父親は元SHIMANOのエンジニア、母親は美大出身のデザイナーだったが脱サラし農家へ。

幼少期:一人っ子で保育園にも通っていなかったのでひたすら一人遊びか親と遊ぶ。

幼少期〜小学校:テレビよりもトランプや麻雀を家族で遊んでいた。

ガンプラ、ミニ四駆にもハマる。

小学3年生〜6年生:地元のドッジボールクラブに入団。全国大会出場経験。6年生ではキャプテンを務める。

中学生:未経験から野球部に入部。同学年で唯一の未経験者ながら1番打者レフトのレギュラーを獲得。レフトゴロを達成したことあり(笑)

助っ人として陸上の大会にも参加。三段跳び、幅跳び、砲丸投げで市大会入賞。

中3の半年間だけ人生初めての塾に通う。理由は当時好きな女の子が通っていたから。

高校には前期入試で合格。

中3の時に友達グループでバンドをやるという話になり楽器を始めることに。

hideに憧れギターを始める。練習を続けたのは友達の中で自分だけだった...

高校生1年生:硬式野球部に入部するも左手首の慢性的な怪我によりグローブが持てなくなる。THE・高校野球の監督、という感じの監督とも反りが合わず半年で退部。

しばらくフラフラしている間、親が通っていた硬式テニススクールに通ってママさんたちとテニスを嗜んだ。

高校2年生:サッカーでゴールキーパーをしていたら陸上部の顧問にスカウトされやり投げで大会に出てみることに。

同時期に吹奏楽部の女の子にコンクールでの人が足りないと言われたので吹奏楽部に見学に。なし崩しにパーカッションパートの助っ人をさせられる。

週3回ほどやり投げの練習、週5回ほどの吹奏楽部の練習という奇妙な助っ人生活を送る。

陸上のユニフォームも無くユニクロの運動着で大会に3回ほど出場、結果徳島県の2016年度やり投げ年間記録1位となったところで勝ち逃げ。

吹奏楽コンクール県大会金賞を獲得し地区大会に進む。本格的に音楽にのめり込む要因ともなる。地区大会終了を持って助っ人終了。

文化祭では先輩とバンドを組みGUNS & ROSES、hide with spread beaver、マキシマムザホルモンを演奏。初ライブ。

高校2年生秋〜:仲の良かった友達(帰宅部)が受験勉強を始める。一緒に行動していたので流れ放課後勉強することに。学歴には興味が無く、かつ大学名をほとんど知らないので適当に周りに合わせて大阪大学などを目指す。音楽系とかを少し探していたところ担任に九州大学芸術工学部音響設計学科を紹介されたのでそこを目指すことに。部活感覚で友達と勉強を楽しむ。学校の授業は一切聞かずにひたすら参考書での自習を繰り返す。1日の平均勉強時間10時間以上を続けた結果センター試験787/900点まで到達。E判定から奇跡の第1志望に合格。

文化祭では同級生と後輩とバンドでB'z、PENNICILLIN、などを演奏。

大学1年生:九州大学の50年以上の歴史を持つ学生自治寮田島寮で生活。ふんどしで神輿を担いだり毎日のようにダンスダンスレボリューションを練習する。

軽音サークル、PAサークル、芸工祭前夜祭企画に入る。

ITeens Lab.の相方古林 侑樹とサークルの先輩後輩として出会う。バンドXanaduのファンとしてライブハウスに通い始める。

親が用意した定期預金をほぼ全額ギターにつぎ込む。

大学2年生:自治寮井尻寮に入る。サークル、学祭などに精を出す。

同級生と初のオリジナルバンドRETURN ZER0を結成。結成当初はドラムを担当。

先輩と麻雀とボーリングに明け暮れる日々を送る。ボーリングベストスコア約240。

大学の単位を落とし始める。(単純に講義が難しい)

大学3年生:学祭企画幹部メンバーとして活動に明け暮れる。学祭時期は授業に出ずにギターの練習とスタジオに通う。学祭で燃え尽きる。

やるときはやる勝負強さで奇跡的に留年回避。

大学4年生:楽器音響研究室に配属。エレキギターの研究を始める。

古林 侑樹のバンドXanaduにメンバーとして誘われ、悩んだ結果加入。バンドマンと化す。ライブハウスに入り浸りバンド活動に精を出す。

卒論ではエレキギターのタッピングとピッキングの音響特性の違いについて研究。

無事卒業とともに大学院に進学。

大学院:学校はほぼ適当。ほぼほぼバンド活動。

2013年4月:Xanaduミニアルバム「click me more!」を発売。

2013年5月:九州最大級インディーズイベント「TRIANGLE」に地元バンドとして出演。2013年11月:バンドは惜しまれながらも解散。解散ライブでは約500人を動員。

2014年:とりあえず大学院を1年留年する。その後のキャリアを悩んだ結果古林 侑樹と共に事業を起こすことを決意。IT、スタートアップ界隈にひたすら顔を出すようになる。大学院在学中の2014年秋に子どもプログラミング教室ITeens Lab.を開講。大学院中退を考えたが、とりあえず卒業しとくかということで修士論文を提出し卒業。

2015年春:卒業後の家を全く決めていなく、困っていたところ縁があってシェアハウス天神(リバ邸天神)に入居。本格的にITeens Lab.の活動を広げる。

2016年:Hackerz Lab.博多をスタート。成人フェスというイベントを思いつき勢いで奔走するも息切れし数本のイベントを行なったあと自然消滅。ITeens Lab.は勢いを増してくる。年末にはサイバーセキュリティ財団の立ち上げに参画し、財団幹事となる。

メディアにも多数出演。

2017年:大規模な子供プログラミングコンテスト&フェスEXA KIDSを企画、実行委員会を立ち上げ活動。

2018年2月:エクサキッズが3000人の動員を達成し大成功。

2018年4月:シェアハウスQrossの立ち上げに関わる。

2018年5月:サイバーセキュリティ財団としてハッカー映画を制作開始。プロデューサーに就任。